2010年9月30日木曜日

Re:萌える風景

ちくりんさんの「萌える風景」のエントリー記事にインスパイヤーされて、関連コメントを書きます。

大学の授業で、毎年、真鶴町の「美の条例」を紹介するときがあります。

そのときに、「蓼(たで)食う虫も好き好き」のことわさを引きながら、”タデの辛い葉を食う虫”的な位置づけで、英国のシャークが屋根に突きささった住宅、石井哲&大山顕工場萌え」、内山英明「JAPAN UNDERGROUND」・ などに言及し、人々の「美の基準」は十人十色だから、「美の基準」を一概に決めることは難しいのではないか、といった話をします。

数年前までは、このストーリーに特に異論はないようでしたが、今年は、はとバスの「話題の川崎工場夜景スポット」ツアーに参加したことがある人が複数名あらわれ、「工場萌え」は「蓼食う虫」ではなくて、工場の無駄のないデザインは「機能美(Function is Beauty)」を表象しており、「工場景観」を美しいと評価することは、むしろグローバルスタンダードな価値ではないかとのこと。

これを契機に、「美しさとは何か?」再考し始めました。

PS
オーストラリアの書店で、トラクターの2011年カレンダーを発見しました↓
月替わりで様々なトラクターの写真が楽しめます。
※ちなみに、定価$29.95が、$6.70にディスカウントされていることが気になりましたが。

これって、「萌えるトラクター?」
        ↑
「燃(も)える男の 赤いトラクター♪」という歌にピンとくる、そこのアナタ、決して若くないかもしれません・・・。






2010年9月27日月曜日

プロペラ機にのって・・・

今、オーストラリアの環境教育関連の学会に参加するために、キャンベラに滞在しています。

オーストトラリアの経済・文化・流通の中心は、ご存じ、シドニー(人口約442万人)ですが、政治の中心である首都は、キャンベラ(人口約30万人)です。1901年にオーストラリアが英国から独立したときに、シドニーとメルボルンで首都の座を争った結果、中間地点である、キャンベラが首都に決まった経緯があります。

ブラジルの首都、ブラジリアと同様に自然発生的に出来上がった都市ではなく、建築家ウォルター・バーリー・グリフィンにより設計された人工都市であり、大自然のイメージのオーストラリアらしかない風情です。

日本からの直行便がなく、シドニーを経由してキャンベラに入りました。シドニーからキャンベラへのフライトは、ジェット機でなく、プロペラ機でした。



ジェット機よりも低い高さをゆっくりと飛行するので、地上の景観をじっくりを見ることができ、遊覧飛行を楽しんでいるようでした。

このプロペラ機の”ゆっくり飛行”(尤も地上の自動車よりも断然早いのですが・・・)を堪能した後、重大な問題がおこるとは予想もせず・・・

キャンベラ空港で、預けたスーツケースがベルトコンベアーから出てくることを待て暮らせども、出てこず。「シドニー便の荷物はもう無いよ」と近くにいた職員が事務的に一言。

「あぁぁ~ロスバケだ~!」
※エアカナダでロスバケして以来、生涯、通算2度目。

「ロスバケ」とは、旅行業界用語で、「ロストバゲージLost Baggageの略語で、到着地の空港で荷物が紛失してしまうこと。

バゲージクレームの窓口に、まさに”クレーム”を言いにいったところ、「シドニーでの乗り継ぎ時間が短かったからねぇ~。次の便か、その次の便にあると思うよ。まぁ、明日までに見つかるんじゃな~い。」と。カナダでロスバケしたときも、大陸的というか、大らかというか、のんびりした対応に驚かされたが、オーストラリアもやはり”大陸的な”対応だ~~。

出所は忘れてしまったが、日本人のお母さんが子どもに最も頻繁に言うセリフが「もっと早くしなさい!」だそうです。宅配便を出すと、盆、正月、クリスマスお構いなく、日本全国津々浦々、翌日に配達されるような迅速サービスに慣れてしまい、「効率が良いことは、良いことだ」という、モダン的な価値観が、人知れず骨身にしみ込んでしまっているかもしれません。「ロスバケ」に、天変地異が如く、大騒ぎしたことをちょっと反省。

今一度、辻信一さんの「スロー・イズ・ビューティフル―遅さとしての文化 (平凡社ライブラリー) 」を、再読し、その精神を実践しなければと肝に銘じるのでした。


Ps
南半球で季節が真逆なキャンベラのかの地、最低気温が氷点下になる環境で、Tシャツだけしか着る物がなく、髭も剃れない生活はちょっと御免こうむりたいと、経験から編み出した門外不出の「ロスバケ危機対応マニュアル(?)」を実行させることで、「Rush」タグのついた、赤いスーツケースにキャンベラのホテルで、その日の夕食前に無事に再会することができました。おしまい。

2010年9月22日水曜日

落書き2

 他人の財産である店舗のシャッターや公共空間に掲示されたポスターに落書きすることは、決してやってはいけないことでありますが、「落書き」という行為に含まれている、大人となりいつのまにか遠い彼方に忘れてしまった、童心いっぱいの「遊び心」は捨てがたいところです。

 そんなことをうだうだと考えていると、ちょうど良い本を見つけました↓


 自分の本やノートであれば、誰にも気兼ねなく、「落書き」行為にいそしむことができるわけです。当たり前の話ではあるけれども、「コロンブスの卵」的な大発見!

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「BOOK」データベースによると、
気を失いそうなほど退屈な会議や講義を耐えぬくために、このノート(いや、本?)をこっそり持ちこめばいいのです。使い方は、いたって簡単。もう印刷されている描きかけの落書きを、そのまま適当ーに、好きなように完成させればいいのです。欧米では、一人に一冊、誰もが描いてる「DOODLE(ながら落書き)」、ついに日本初上陸!!!
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 ただ、教員として、「気を失いそうな講義」の提供者にだけはなりたくないのですが・・・ 以前に、環境教育の一種である、「ネイチャーゲーム」を小学生とやったときに、ある小学生が配布資料に、「おねーちゃんゲーム」という意味(?)で、”おねーちゃん”のイラストを落書きしているのを見かけたとき、不覚にも笑ってしまったことがあった。あった。


 五味太郎さんの「らくがき絵本」「らくがき絵本 (Part2) 」をご存じでしょうか?子どものころお世話になった人、自分の子どもの読み聞かせでお世話になった人もいらっしゃると思います。

 今一度、リンク先の「本の画像イメージ:」をよ~くみて下さい。

 作者名が「五味太郎」でなく、それぞれ「五味太郎50%」「五味太郎25%」と書かれていることに気がつきました?

 この絵本は、単に読むだけの絵本でなく、参加することで、完成する、いわば”参加型の絵本”なのです。作者の五味太郎さんは、50%、25%しか関わっておらず、読者がこの本に「落書き」することではじめて、本が100%になる(完成する)わけです。


 神戸芸術工科大学教授の大塚英志さんが、世界で前例がない「まんが表現学科」を手探りで立ち上げた体験的ヒストリーを「大学論──いかに教え、いかに学ぶか (講談社現代新書) 」に上梓されているのですが、

 その中で、大学教育とは、教員から授けられるのではなく、”五味太郎25%”的に、学生と教員が協働してつくりあげていくことに、教育の真髄があると指摘されています。

 このことは、まんが表現学科でなくとも当てはまることであり、まさに「御意なり」です。






2010年9月17日金曜日

落書き1

パソコンのデータを整理していると、1年前にオレゴン州ポートランドで撮影した写真が偶然にでてきた。

写真がこれ↓


 「EXIT(出口)」方向を指し示す看板に、「Capitalism(資本主義)」という文字が落書きされたもので、「こちらに行けば資本主義社会から脱出できる」といった意味でしょうか。ただ、看板の矢印の方向に、どんな施設があったのか、不覚にも確認しなかったため、真意は不明です。実は落書きではなく、看板の持ち主がパロディで書いた可能性もあるが・・・。

 いずれにせよ、この看板を見たとき、子どものころに人物ポスターに落書きされたものを見て思わず笑ってしまったときと同じ心境で、素直に笑ってしまった。

 下の写真はカナダのハリファックスで見つけた落書きで、「ひげ」を加筆する落書きのメンタリティには東西の文化差はないようです。



しかしながら、である。

自分の私有財産ではない、第三者が所有する看板に落書きする行為や、選挙のポスターに落書きする行為は、れっきとした犯罪行為であって、このブログで面白可笑しく紹介すること自体も落書き行為を助長することになるとすれば大変遺憾な話です。


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ZAKZAK 2009/01/28

小沢ポスターに“ひげメガネ”…落書きじいさん逮捕
県議には目もくれず

 民主党の小沢一郎代表のポスターに“ひげメガネ”の落書きをしたとして、神奈川県警瀬谷署は28日までに横浜市瀬谷区本郷に住む無職の男(74)を器物損壊容疑で逮捕した。同区内では小沢代表のポスターを狙った落書きが昨年末から20件以上も相次いで発生しており、同署では余罪を追及している。

 調べによると、容疑者は今月中旬、同区内の民主党掲示板に張ってあった小沢代表のポスターに、油性ペンでひげメガネの落書きをした疑い。

  「ひげとメガネのほかにも二重三重にグルグルと線を書いたりと、まさに子供の落書きと同じレベル。刃物で切り裂くこともあった。一緒に県議のポスターもあったが、小沢さんだけが狙われた」(捜査関係者)。

 同署は地元の民主党関係者から被害届が出されたのを受け、署員を掲示板周辺へ重点的に配置。26日午後4時すぎ、同区瀬谷にある小沢代表のポスターの前で足を止めて、ジッとにらみつけている容疑者を警戒中の署員が発見した。

 職務質問したところ、カッターナイフと油性ペンも見つかった。容疑者は容疑を否認したが、「被害現場の足跡と、靴底が一致したことを問い詰めると、犯行を認めた」(捜査関係者)という。容疑者は妻子と同居していて「見た目も普通のおじいさん」(同)。別の関係者は「『小沢氏が麻生首相をいじめるのはケ シカラン』と個人的な恨みを抱いた犯行のようだ」としている。

 地元の花上喜代志民主党県連幹事長は「民主党が政権交代を目指す緊迫した状況で、政治的な気持ちの高まりが犯行に結びついたのではないか」と話している。
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 公共空間の落書きは断固として許すべきではないことが原則であるとしても、落書きに限らず、社会全体が、いい加減なものや異質なものに対して、過剰に反応し過ぎる風潮が跋扈しているようにも思われ、それに伴い、遊び心や社会風刺などのプラスの側面も損なわれることはとても残念なことです。

(いささか毒が過ぎるように思いつつも)「取り扱い注意の作家」と称される美術家、会田誠も、もっと社会的に評価してしかるべき。無気力大陸~[DVD] は秀逸。


 「公共空間」における「落書き」については、小林茂雄さんの「街に描くー―落書きを消して合法的なアートをつくろう」(理工図書)が詳しい。ちなみ、小生がキューバのハバナで撮影した写真もこの本に掲載されております。見つけた人には良いことがあるでしょう(きっと)。






2010年9月8日水曜日

なまけ者になりなさい。

NHKの朝ドラの「ゲゲゲの女房」も視聴率が絶好調で、
わたくしも、レグザでかかさず録画してくりかえし拝聴させていただいており、9月で番組が終わってしまうことが至極残念です。

そういえば、今年のゴールデンウイークに、水木しげるさんのふるさとの境港市を訪れてみると、
「水木しげるロード」という商店街があり、どこもかしこも、水木ワールドで驚きました。

読売新聞によると、本年度、年間来訪者200万人突破ということで、「水木力」に驚愕です。


まちの看板も。


「妖怪食品研究所」という和菓子屋さん。


鬼太郎アイスクリーム。


水木しげるの銅像と「なまけ者になりなさい」というご神託を発見!

で、
「なまけ者になりなさい」とは一体、どういう意味??????

妖怪漫画家の水木しげるの弟子を自称する、関東水木会会員、京極夏彦さんによると

「のんびり、やりなさい」とか「あくせく働いてもしょうがないよ」というメッセージと思いがちですが、「怠けていても食えるような人間になれ」という意味だそうです。京極さんが水木さんに「水木さんは、天才でお金もあるから 怠けられるんです」といったところ、「才能のない人は 働かないと餓死するだけですよ」と言って「わはははっとお笑いになる。」
(出典:「ほぼ日刊イトイ新聞」での糸井重里さんとの対談記事「京極夏彦はいつ眠るのか」)

さすが、世界妖怪協会会長、鬼才、水木しげるさんらしい、意味深長なお言葉、さすがです。

※ちなみに、京極夏彦さんも、「面白い」という形容詞で形容することができないレベルで、「面白い」です。「類は友を呼ぶ」ということわざの実証事例でしょう・・・。

2010年9月7日火曜日

ABCといえば・・・?

Asahi Broadcasting Corporation
The American Broadcasting Companies, Inc.
Australian Broadcasting Corporation
Aoyama Book Center
Acid Black Cherry
After Burner Climax
Aqua Boost Clash
Atomic Biological Chemical ←大量破壊兵器の意

などが一般的でしょう。


本日、リアルサイエンスの奥山勇太郎先生を大学にお招きして、お話を伺う機会があったのですが、その中で「ABC→Action Before Concept」という略語が、私のメモリに新たに追記されました!

通常の科学教育においては、抽象的な上位概念を導入説明し、具体的な事例の説明に入っていくケースが多いのですが、GEMSやリアルサイエンスが目指している教育とは、学習のプロセスの中で、教師と子どもが深い学びを共に創っていくことを重視しているそうです。

例えば、「食物連鎖」という概念がまずありきではなく、「ダンゴムシレース」や「ミミズで遊ぼう」などのアクティビティの中で、子どもたちが気づいたことやつぶやきを端緒とした教師と子ども子どもたちとの対話から、「食物連鎖」を考えていくというものです。

ミミズのテラリウム(土と生き物の世界)をつくり、数日すると、「ミミズが消える」という事件が起こることがあります。「ミミズはどうやって、密室から脱走したのか。その真相は?」と名探偵コナンばりに、子どもたちが推理していくと、ミミズは死んでしまったことに気づきます。死んでしまったミミズの亡骸を発見し、じっくりと観察してみると、子どものミミズが親ミミズの亡骸を食べているというショッキングな事実を知ります。そこで、教師は、「親ミミズを食べる子どもミミズをどう思うか?という問いを子どもたちに投げかけます。「人間とミミズは違う」「ミミズには『愛』がないから、親を食べるんだ」など、ミミズが生きているときには、テラリウム内のミミズにニックネームを付けて可愛がっていたのに、急に、「ミミズ」という生物と自分たち人間と間に「大きな壁」を感じながらも、「こういうことが『食物連鎖』なんだ」ということを学んでいくのです。科学教育のプロセスから、環境倫理や環境哲学を学ぶ機会が巧みに仕組まれていること大変に感心しました。

教育機関に奉職しているものとして、このような「学びの場」をつくらなければという、思いを強くしました。

「まずは、ABCから始めよう!」 ←アメリカン・バカ・コメディではない

2010年9月6日月曜日

Tsunai/つなみ/津波

8月後半に、マレーシア・チェラティンに行っていましたが、
猛暑の日本よりも涼しいことにたいへんにびっくり。

さて、海岸付近で、「津波」に関する掲示板が多数あることを発見!
「津波」が「Tsunami」として「世界語」として認知されているという、「辞書レベル」で知っていた事実を、改めて、「目視レベル」で再確認しました。

ただ、この看板がいったい何を意味しているのかがわかりにくいだけでなく、看板の中の矢印の方向と人物の走る向きが一致していないものも見受けられ、

これは、環境心理学の十八番(オハコ)の「アフォーダンス」の教材用の事例写真に使えるのではと、ひとり「にやり」と笑うのであった。(続く)



矢印と、人の方向が一致していないもの


矢印と、人の方向が一致したもの